独習のしかた

あなたは,本を読んだだけで勉強を終えた気になっていないだろうか。確かに本を読んで独習することはハッカーになるための大きな一歩となる。幸いにも,私は20歳のときにこのことを友人から学び,日本的な詰め込み式の受動的学習方法では,ハッカーにはなれないことを理解した。誰かに教えてもらうことを期待してはいけない。物事を真に理解するには,独習し,「再構成」することが必要なのだ。
独習のしかたを学校では教えてくれない。独習を行うには,何かを面白いと感じ,それを突き詰める「才能」が必要である。世間では,この才能を有し,他より秀でている者を「秀才」と呼ぶ。更に「秀才」において,何か多くの人を幸せにする成果を挙げた者を「天才」と呼ぶ。
まずは「秀才」に近付くことから始めよう。「才能」というものは天から授かるものではなく,誰もが初めから持っているもので「面白い」と感じる心そのものだ。
本稿では,あなたを独習によって「天才」へと近付けるための方法を提供する。
 

独習のしかた

独習のしかたというのは,主に以下の4つの要素で構成される。

  1. 興味を持つ
  2. インプット
  3. アウトプット
  4. 不足点の炙り出し

 

興味を持つ

何かに興味を持つことは勉強において,一番大事な行為である。興味を持つことができない場合,勉強を継続することは難しい。人間は,面白いと感じることでなければ学習効率が著しく低下する。では,何かに興味を持つにはどうすればいいのだろうか。私の場合は,本屋に足を運び,興味深いタイトルの本を適当にパラパラと捲ることをよく行っている。「知識」というのは形状の異なるプラグのようなもので,始めは「知識B」に興味が無かったが,「知識A」を得た後なら,関連している「知識B」に興味を持つことができる,ということが頻繁に起こる。それを効率的に起こすために,本屋や図書館というのは最適な場所だ。
 

インプット

インプットは,主に本を読むなどして,知識を自分の頭の中に貯め込む行為である。インプットで重要なのは,過剰なインプットを避けることである。過剰にインプットすることを「過学習」と呼ぶ。話が少し逸れるが,「過学習」は機械学習の「過剰適合」から来た言葉で,厳密には人間の「過学習」と機械学習の「過学習」は意味合いが多少異なる。しかし,本質は同じなので,本稿では「過学習」という言葉を使う。例えば,500ページの本を2日間で読み切るような行為は過学習であると言える。何故,過学習がいけないのかということを説明する。
第一に「集中力」の問題がある。人間は機械とは違い,1時間以上,何かに集中することは難しい(これを可能にする「ポモドーロ・テクニック」という時間管理術がある)。諸説では,集中力の限界持続時間は15分や30分などとも言われているが,集中が持続する時間には体調,環境,時間帯などの要因が大きく関与しているように思う。集中が続いていないのに,インプットを行うことには,はっきり言って意味が無い。集中力を自分でコントロールすることは難しいので,疲れてきて意識が散漫としてきたら休憩を取ろう。
第二に「多様性」の問題がある。先ほどの例を引用すると,500ページの本1冊というのは基本的には1人の著者により構築されたものである。そのため,どの本にも必ず,著者による偏見,ドグマ,世界観などの多分な独自要素が含まれる(それが面白くもあるのだが)。この独自要素というのが問題で,学習者は訓練データ(書籍)の特定のランダムな(本来学習したい特徴とは無関係な)特徴にまで適合してしまう。そのため,1冊の本で学習するだけではなく,他にも本を読んだり,インターネットで情報を探したり,いろいろなところから情報・知識を集める必要がある。
では,過学習を避けるには具体的にどうすればいいのか。それは,「面白い」と思うことを継続し続けることである。集中力が無くなれば,ほとんどの人は,書籍を面白いと感じなくなる(頭に入ってこなくなる)。更に,多くの場合は他の場所で見つけた周辺知識に興味を持つようになる。そういったときに,自分の気持ちの変化に素直に従うことが,過学習を避ける一番良い方法だ。
 

アウトプット

アウトプットは,ノートやブログに勉強したことを自分の言葉で書き出したり,勉強したことで何かを実践してみる行為である。アウトプットで重要なのは,ブログを書く場合,自分の頭の中にインプットされた知識をただ書き出すだけではなく,自分で言葉を選びながら書くことが大切だ。本稿ではこれを「再構成」と呼ぶ。「再構成」を行うことで,脳内に記憶の栞(インデックス)が作成され,情報を長期保存することが可能になる。そして,その情報が脳内から消失してしまったとしても,栞だけは残り続けるので,自分のブログを見て再学習することが容易にできる。
しかし,アウトプットしたものは,初めは拙く,汚く,ひどいものに見えてしまうだろう。だが,それでいいのだ。あなたの創ったものは,継続的に改善していくことができる。拙く見える部分はその都度,改善していけばいい。アウトプットにおいては,常にラピッド・プロトタイピングを心掛けることが大きな鍵となる。最初は僅かな時間で拙いものを創り上げよう。
アウトプットについて,もう一つだけ留意しておいて欲しいことがある。既にネット上に自分のブログと同じ情報があったとしても,気に掛けてはいけない。「車輪の再発明」は進んでやるべきだ。「車輪の再発明」ができなければ,車輪を発明することはできない。徹底して模倣し,自分の血肉にしよう。
 

不足点の炙り出し

不足点の炙り出しは,アウトプットから得られた情報を基に理解していなかった部分を明確にする行為である。頭では理解しているつもりでも,文章に起こすことで理解していない部分が見えてくる。理解していない部分が明確になったら,それについてのインプット・アウトプット・不足点の炙り出しを,理解していない部分がなくなるまで繰り返し行おう。
 
 
以上

2 Responses

  1. fasva (@fasva)
    fasva (@fasva) at | | Reply

    遅ればせながら、twitterではフォローしていただき、どうもありがとうございました。

    このブログは、書かれている技術知識の片鱗ももちろんですが、この記事のように、Satouさんの(主に教育や自身の人生設計に対する)信念や思想が克明に書き留められている記事も多々あり、とても興味深く拝見、拝読しています。
    それどころか、学ぶことが多いことを痛感せざるを得ず、読む度に発奮を起きるのを感じさせます。

    これからもどうぞよろしくお願い致します。

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