サイトアイコン 燻製写真館

昔話

最近は研修の講師をしながら在宅で働いている。オフィスに出勤していた頃と比べて、1番変わったのは犬の散歩によく行くようになったことかな。犬もそういう認識をしているらしく、俺=散歩に行ってくれる人と思っているようだ。

在宅勤務になったからといって、会社での待遇が悪くなるとか、そういうことはなかったし、誰かに後ろ指をさされるようなこともなかった。

時間に追われることがない、のんびりとした今の生活が気に入っている。こんな生活環境を提供してくれている今の会社と上司にはすごく感謝していて、もっと業績を上げて、会社を支えていかないといけないと強く思う。

少し昔の話、プログラマとして仕事を始めたのが20歳の頃だった。当時はAdobe Flashの全盛期で、あらゆるコンテンツがFlashで作られた時代だ。なんせお馴染みのYoutubeですらFlashで動いていたのだ。そんなときに俺は上京し、Flashゲームのプログラマとしてアルバイトを始めるところからキャリアをスタートした。

会社は所謂ブラック企業で、残業代や休日という概念は無かった。仕事に入る前の研修などは特に無く、案件ごとに毎回異なるプログラミング言語で仕事を行っていた。ただ、辛かったのは確かだが、それ以上に新しい案件が始まるごとにワクワクしていたのを憶えている。

このゲーム開発会社は1年ほどで退職してしまったが、それからも職を転々としながらもプログラミングというジャンルからは離れずに仕事を続けていた。

しかし、数年仕事をしてみて分かったことがあった。人間には得意・不得意があって、俺は「納期に追われながら脳を酷使した仕事をする事」が苦手で、時間に追われると焦ってしまい、仕事の質の低下や人間関係の悪化を招く性質がある。これは多かれ少なかれ、誰でも持ち合わせている性質だと思っているが、俺の場合はそれが顕著すぎるのだ。

そのため、鬱になって通院したり、数か月間引き籠ったり、あまり明るくない人生を送っていた時期もあった。

そんなときに転機が訪れた。28歳のとき、新しく勤め始めたシステム開発会社を2ヶ月でクビになった。当時は毎日、辛い辛いと思いながら仕事をしており、これから続いていく人生に絶望を感じていた。それが顔や態度に出ていたのを見抜かれたのだろう。勤めていた会社の社長からは違う仕事も経験してみることを勧められた。今まで自分の中にあったプログラマとしてのプライドのようなものがぽろぽろと瓦解していった。

しばらくして、自分の弱みに気付くことができた。

視野が狭かったのだ。いろんな仕事を経験をしてみないと、その仕事が本当に自分に合っているか、なんて分からないではないか。別にプログラマに拘る必要はないのでは?

このままでは生活が立ち行かないので、自分が持つ強みをどうにか活かして仕事をする方法を考えた。趣味の範囲でプログラミングするのは楽しいと感じる。むしろプログラミング以上に時間を忘れて熱中できるものを俺は知らない。これは強みでもあると認識をしている。そうなると、新しい業界にチャレンジするよりは今までやってきたことの延長線上で勝負したほうが勝算が高いと思った。

そんな経緯から今はパソコンスクールの研修講師として、Web制作、プログラミング、Adobe系のソフトなどを教えている。20歳の時点では全く考えもしなかった接客業だ。コミュニケーションがほぼ全ての世界。

しかし、この仕事を経験してみると今までのプログラマという仕事への適性がどれだけ低かったかが理解できた。毎日が楽しく、飛ぶように過ぎていく。今までよりも余裕をもって仕事を終わらせられる。顧客からの「ありがとう」の声を直接聞くことができる。評価も付いてくる。俺の人生に欠けていたピースが揃っていく感覚。
人間には得意・不得意があり、システム開発を仕事にすることは面白い選択だが、俺のように向かない人間もいる。辛いことからは逃げても良い。視野を広げてみることが解決の糸口にはなる。でも最後は必ず自分の意志で進む道は決めることが満足のいく人生を歩むコツだと思う。

モバイルバージョンを終了